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高松高等裁判所 昭和37年(う)220号 判決 1964年4月30日

控訴人 被告人 西森積 外一一名

弁護人 山口春一 外三名

検察官 小宮益太郎 外一名

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用中証人中内康広に支給した分は被告人鈴木茂一の負担とし、その余はすべて被告人西森積、同山地義繁、同片岡幸松、同西森幸左衛門、同平井正次郎、同西森高光、同西森豊作、同掛水六男、同坪内盛功の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、記録に編綴してある弁護人山口春一、同上田直吉、同伊藤一郎、同中平博文作成名義の各控訴趣意書に記載してあるとおりであるから、何れもこれをここに引用する。

弁護人山口春一の控訴趣意中、原審の訴訟手続には刑訴規則一二三条二項違反の証言を罪証に供した違法がある旨の主張について。

記録を検討するに、論旨に指摘する証人はいずれも尋問を受くべき期日の指定前、従つて期日の召喚状も受けず、もとより人定尋問も受けていない時期に、他の証人の供述を傍聴したものであることが明らかであるから、右規則一二三条二項適用の余地なく、従つてこれが違反を云々されるいわれはない。仮りに然らずとするも、同条項はいわゆる訓示規定と解すべきであるから、これの違反の故を以て直ちに証言が証拠能力を失なうものではないのである(大判昭七・八・二五集一一巻一二六〇頁、仙台高判昭二六・一〇・一五集四巻一一号一三九四頁)。論旨は採用できない。

弁護人中平博文の控訴趣意第一点について。

論旨は、西森積、山地義繁、片岡幸松、西森幸左衛門、平井正次郎、以上五名の被告人に対する昭和三四年三月二三日附の暴力行為等処罰ニ関スル法律(以下略して暴力行為処罰法という)違反の起訴事実は、同被告人五名に対する昭和三四年一月一一日附暴力行為処罰法違反の起訴事実と、唯被害者を異にしているに過ぎず、一個同一の事件であるから、原裁判所はすべからく後の起訴事実につき公訴棄却の判決を為すべきであつたのに、不法に公訴を受理し(刑訴三七八条二号)有罪の判決を言渡した、というのである。

しかしながら、人の身体の如きは包括してこれを一個の法益と観察すべきではなく、暴力行為処罰法一条一項の暴行罪も被害者を異にする毎にその成立を認めるべきであるから(傷害罪につき大判明四三・五・一九録一六輯八九五頁、抄録四一巻四一五四頁、最判昭二九・五・六最高裁判所裁判集95八一頁)論旨指摘の後の起訴につき原審が公訴棄却の判決をしなかつたのは当然である(原審が判決主文において沢田和美に対する右法条違反の罪につき特に無罪の言渡をしているのも、これを併合罪中の一罪と認めた為めである)。論旨は採用し難い。

弁護人中平博文の控訴趣意第二点について。

論旨は、田村精子に対する判示第二の一の(一)の暴行罪と(二)の脅迫罪とはこれを包括的に観察し暴力行為処罰法一条一項の単純一罪として処断すべきであるのに、原判決は誤つてこれを二個の犯罪と認め刑法五四条一項前段を適用し、又判示第二の一の(一)及び(二)の暴力行為処罰法違反の罪と判示第二の二の(一)ないし(十二)の傷害罪とは観念的競合或は法条競合の何れかであるのに、原判決は誤つてこれを併合罪の関係に立つものとして該当法条を適用している、というのである。

しかし、判示(第二の一の(一))のように田村精子等に暴行を加え、その際同女に対し、たとえ本心からではないにしても、判示(第二の一の(二))のようにその生命に危害の至るべきことを告知しこれを脅迫した場合には、告知の内容たる害悪と現実に加えた害悪とはその法益を異にするから暴行罪とは別に脅迫罪の成立を認めるのが相当であつて、暴行を為すに当つてその旨を告げるが如き場合(この場合は脅迫行為は暴行罪に吸収され別に脅迫罪は成立しないと解する)と同一に論ずることはできない(大判昭六・一二・一〇集一〇巻七四五頁)。論旨引用の判例は本件に適切でない。

又、二人以上共謀して甲に対し暴行を加えこれを傷害するに至つたときは傷害罪のみ成立し、同人に対する暴行罪はこれに吸収されることはまことに所論のとおりであるが、別に乙に対する暴行あるときこれが甲に対する傷害罪に吸収され一罪となるいわれはない。人の身体は各個独立の法益であつて包括してこれを一個と観察しえないこと前説示のとおりであるからである。論旨引用の判例は本件に適切でない。従つて原判決が判示第二の二の(一)ないし(十二)の各傷害の被害者を判示第二の一の(一)の暴行の被害者より除きこれに対する傷害罪のみを認定処断し、判示第二の一の(一)の暴行の被害者については別にそれぞれに対する暴力行為処罰法違反罪の成立を認めているのはまことに正当であつて論旨は到底採用し難い。

弁護人山口春一、同上田直吉、同伊藤一郎、同中平博文の各控訴趣意中、本件の被害者たる教員の証言はすべて打合せの上、事実を歪曲しているものであり、灰かぐらの立つ教室内で被告人等が何をしたか逐一目撃していると供述する如きは正に偽証であるにかかわらず、原審が安易にこれを断罪の資料に供したのは、結局訴訟手続に条理・経験則その他の採証法則に違反したものである、との各論旨について。

しかし、記録を精査し、いわゆる教組側の証人の供述を彼此仔細に検討してみても、原審の採証から事実認定に至るまでの過程において、条理や経験則に反するという程の欠陥は認められない。原判示第二、の九番教室内における犯行当夜の明暗度については、当裁判所の事実取調べの結果殊に犯行当時と相似た時刻ならびに月令を選んで行なつた当裁判所の検証の結果によつても、未だ原審の認定を覆えすには足りない。原判示第一、犯行に至るまでの経過の項に説示されている如く、森小教員始め教組側の言動に強い不信の念を抱いていた被告人等が教組側証人の供述に対して幾多の疑念を持つであろうことは、一応肯けないことはないけれども、記録第二冊八〇三丁以下によれば、むしろ教組側の証人の中には被告人側の圧迫を恐れて一時出廷を躊躇したような事跡も認められるのであつて、法廷における証言までが指令によつて動き打合せどおりに為されているとは到底認めることはできない。なお、記録を調査しても検察官調書の任意性の問題その他、採証法則の違反を疑わしめるような廉はなく、論旨は何れも採用し難い。

弁護人山口春一、同上田直吉、同伊藤一郎、同中平博文の各控訴趣意中、事実誤認の各論旨について。

論旨は縷々述べているけれども、原判決挙示の証拠によつて原判示のように事実を認定しえないことはない。殊に共謀の点については、所論の如く事前に打合わせが為されること等は必ずしも必要でなく、更に暴行による傷害罪の共同正犯においては暴行者間に暴行意思の連絡があれば足るものと解すべきであるから、この点に関する原審の事実認定に誤りはない。当審における事実調査の結果によるも未だ原審認定を左右するに足らず、論旨は所詮理由なきに帰する。(因みに、原判決書の五枚目裏末行に吾川郡とあるのは高岡郡、七枚目裏末行に同郡とあるのは吾川郡、三二枚目表四行目に三十六年とあるのは三十三年のそれぞれ誤記と認める。)

よつて、刑訴三九六条に則り、本件控訴は何れもこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき同法一八一条一項本文一八二条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤謙二 裁判官 木原繁季 裁判官 伊藤俊光)

弁護人中平博文の控訴趣意

第一点原判決は、訴訟手続に法令違反があるから破棄せられるべきものと信ずる。

弁護人は原審において、検察官のなした被告人西森積、同山地義繁、同片岡幸松、同西森幸左衛門、同平井正次郎に対する昭和三四年三月二三日付暴力行為等処罰に関する法律(以下略して暴力行為処罰法と謂う)違反の起訴事実は、右被告人西森積外四名に対する昭和三四年一月一一日付暴力行為処罰法違反の起訴事実と同一事件であるから、後の起訴事実については、公訴棄却の判決をするのが相当である旨主張したのに、原審は、後の起訴事実について慢然実体審理を遂げ、有罪の判決言渡をし、且つ、右主張に対する何等の判断を判決自体に示さなかつたものであるが、これは訴訟手続に法令違反ある場合に該当するものと思われる。検察官提起の昭和三四年三月二三日付起訴状公訴事実第二(一、二、三)は、同年一月一一日付起訴状公訴事実第二(一、二、三)(この訴因は同年三月二三日付訴因の変更請求書により変更)と、被告人が同一であり、且つ、同一場所における態様を同じくする行為につき、その刑責を問わんとしているものであることは右起訴状記載自体に徴し、極めて明白であり、前後二つの起訴事実に記載せられた被害者が異つているに過ぎないものであり、被告人の同一、犯罪の日時場所の同一、包括的一罪の性格を持つ事案から罪体は一個と認めらるべきである。検察官のなした後の起訴事実は全く別異の犯罪事実として起訴手続がなされているものであるが、実体上、後の起訴事実は前の起訴事実と全く同一と見なければならないことは前述したところにより明白である。検察官はこの様に追起訴をすることなく、須く訴因を変更する手続により、起訴状の不備を救済補正すべきであつたものと思われる。従つて、検察官のした後の起訴事実は、前の起訴事実と併合罪の関係に立たざるを得ないものであり、且つ、右述ぶる如く、二重起訴の関係にあるものと認められるから、一般裁判事例のように、併合罪として起訴せられた事案を、裁判所が認定で包括一罪と判断し処断することのある場合と、軌を一にするを得ず同一視し難いものである。畢竟、検察官は、公訴の提起があつた事件につき、更に同一裁判所に公訴を提起した違法のものであるから後の起訴につき公訴棄却の判決をなすべきであるのに、原審はこの点を看過し、前後に跨る本件起訴事実を素朴的に包括して認定したことは妥当でないと思われる。

(その余の控訴理由省略。)

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